通信費が「隠れたコスト」となる理由
企業の経費の中で、通信費は毎月発生する固定費の一つです。しかし、その内訳は多岐にわたり、契約が複雑であるため、多くの企業で「聖域化」し、見直しが放置されやすいという実態があります。結果として、過剰な回線契約や不必要な電話機能に高額な費用を払い続けているケースが散見されます。通信費は、気づかないうちに企業の利益を蝕む「隠れたコスト」となりがちなのです。
特に、電話システムに関しては、従来のPBX(構内交換機)の老朽化に伴う高額な買い替え(リプレイス)費用や、組織変更のたびに発生する工事費用など、予期せぬ大きな支出が発生するリスクも抱えています。
本コラムは、経営層、経理部門、情報システム担当者様に向けて、固定回線とクラウドPBXを対比させながら、通信費の費用構造を徹底的に分析します。そして、コスト最適化を実現するための具体的な見直しポイントと、費用の相場を実践的に解説します。通信費を「隠れたコスト」から「戦略的な変動費」に変えるための知識としてご活用ください。
通信費の現状:見直しが放置されやすい「固定費」の構造
従来の法人向け通信費は、以下のような構造を持ち、見直しが難しくなっていました。
1.多重構造の契約:
固定回線(光回線・電話回線)、PBXの保守契約、プロバイダ契約、通話料金契約などが複数のベンダーと結ばれているため、全体像の把握が困難。
2.ブラックボックス化:
PBXの主装置の機能や構成が複雑で、担当者が異動すると詳細がわからなくなり、専門業者任せになりがち。
3.電話番号の制約:
長年使用している固定電話番号(03や06などの0ABJ番号)の維持に縛られ、費用対効果の低い回線を使い続けざるを得ない状況。
これらの構造が、通信費のコスト削減を困難にしていました。
コスト最適化がもたらす経営へのインパクト
通信費の最適化は、単なる経費削減に留まらず、経営全体にプラスの影響をもたらします。
●キャッシュフローの改善:
高額なPBX機器の購入(CAPEX)を不要にし、費用の変動費化(OPEX)により、企業の資金繰りが安定します。
●業務効率の向上:
煩雑な電話機の増設・移設工事が不要になり、情報システム部門の管理工数が削減され、本来のDX推進業務にリソースを集中できます。
●生産性の向上:
コスト効率の高いクラウドPBXを導入することで、リモートワークやモバイル内線化が実現し、従業員の生産性が高まります。
本記事で解説するコスト削減の主要な見直しポイント
本記事では、特にコスト削減効果が高い「固定回線の冗長化解消」と「クラウドPBXへの移行」を中心に、具体的な見直しポイントを解説します。
通信インフラの費用構造:固定回線と電話システム
コスト削減戦略を立てるには、まず現在の固定回線と電話システムに、どのような費用がどれくらいの割合でかかっているかを正確に把握する必要があります。
固定回線(光回線・専用線)のコスト内訳と相場
企業が契約する固定回線は、その品質と契約形態によって費用が大きく異なります。
●法人向け光回線(ベストエフォート型):
・相場: 月額費用は数千円〜数万円。初期工事費は数万円程度。
・内訳: 回線利用料、プロバイダ接続料、固定IPアドレスオプション料(数千円)などが含まれます。コスト効率は良いですが、速度保証はありません。
●専用線・広域イーサネット(ギャランティ型):
・相場: 月額数十万円〜数百万円。初期工事費は数百万円単位。
・内訳: 帯域占有料金、24時間365日保守費用。絶対的な品質とセキュリティが保証されるため、コストは非常に高額になります。
コスト削減の第一歩は、現在の業務内容に対して、本当にギャランティ型(専用線)の回線が必要なのかを見極めることです。多くの場合、SLA付きの法人向け光回線で十分なケースが多く、専用線から切り替えるだけで劇的なコスト削減が可能です。
従来のPBX(主装置)と回線にかかる初期費用と維持費
従来のオンプレミスPBXは、以下のような高額な費用が発生していました。
●初期費用(CAPEX):
・BX主装置購入費: 端末収容数に応じた容量を持つ機器の費用(数十万円〜数百万円)。
・電話回線・内線工事費: 機器の設置や専用配線工事費用(数十万円〜)。
●維持費用(OPEX):
・回線基本料: 契約しているアナログ・ISDN回線や光電話の月額基本料。
・保守費用: 専門業者との年間保守契約費用(機器費用の数%)。
・増設・移設工事費: 従業員の増減やオフィスの移転のたびに発生する追加工事費用。
これらの費用は、特にPBXの法定耐用年数(一般的に6年)が迫る企業にとって、数年ごとの高額な買い替え時期として大きな負担となります。
ISDN終了(2025年)に伴うリプレイスコストの発生
2025年1月以降に予定されているISDN(PSTN)の終了(マイグレーション)は、従来のPBXを利用している企業にとって、システム全体を見直すラストチャンスとなります。ISDN回線を利用した通信(レガシーな電話回線や専用線)は、すべてIP網へと移行しなければなりません。
この移行は、単なる回線切り替えではなく、PBX主装置の買い替えを余儀なくされるケースが多く、結果的に高額なリプレイスコストが発生します。このリプレイス費用をそのまま負担するのではなく、クラウドPBXへの移行費用と比較検討することが、コスト削減の鍵となります。
コスト削減の鍵:クラウドPBXとIP電話への移行
従来の固定費構造から脱却し、通信コストを劇的に削減するための最も効果的なソリューションが、クラウドPBXとそれを利用したIP電話への移行です。
クラウドPBXの費用構造:初期費用・月額利用料・通話料の分析
クラウドPBXは、従来のPBXとは全く異なる費用構造を持ちます。
●初期費用:
PBX主装置の購入が不要なため、初期費用は大幅に抑制されます。主に導入設定費用やIP電話機の購入費(不要な場合もある)のみとなり、従来のPBXの初期費用の数分の一以下になるケースがほとんどです。
●月額利用料(ランニングコスト):
ユーザーアカウント数に応じた従量課金が基本です。利用人数が少ないうちは低額で済むため、無駄な設備費が発生しません。この費用の変動費化が、企業のキャッシュフローを安定させます。
●通話料:
IP電話網を利用するため、従来の固定電話回線よりも通話単価が安価に設定されていることが多いです。
この構造的な変化により、企業は設備投資リスクから解放され、必要な分だけ利用する効率的な通信環境を手に入れることができます。
【費用比較】従来のPBXとクラウドPBXの5年間総コスト比較(TCO)
初期費用、ランニングコスト、保守費用を合わせたTCO(Total Cost of Ownership:総保有コスト)で比較すると、クラウドPBXの優位性は明らかになります。
| 項目 | 従来のPBX (オンプレミス) | クラウドPBX | 削減効果 |
| 初期費用 | 高額(CAPEX) | 低額〜ゼロ(OPEX) | ◎ 最大の削減ポイント |
| 内線通話料 | 拠点間通話で発生する可能性あり | 無料(インターネット経由) | ◎ 恒久的な削減 |
| 保守・運用費 | 専門業者との契約、リプレイス費用 | 月額利用料に含む(ベンダー負担) | ◎ 隠れたコストを排除 |
| 増設・移設費 | 都度高額な工事費用が発生 | 管理画面で設定変更、費用ほぼゼロ | ◎ 組織変更リスクを低減 |
特に、5年以内にPBXのリプレイスを予定している企業は、クラウドPBXへの移行によって確実にTCOを削減できます。
内線無料化と国際通話料の低減による具体的なコストメリット
クラウドPBXの導入は、具体的な通話コストの削減にも直結します。
1.内線通話の完全無料化:
本社、支店、工場、そしてリモートワーク中の従業員のスマートフォン間での内線通話が、距離や時間を問わずすべて無料になります。これにより、多拠点展開企業やリモートワーク利用が多い企業は、月額数十万円に及ぶ拠点間通話料をゼロにできます。
2.国際通話料の低減:
IP電話サービスは、従来の国際電話サービスと比較して安価な通話単価が適用されることが多く、海外拠点との電話連絡が多い企業は、国際通話コストを大幅に削減できます。
3.無駄な回線の廃止:
IP電話に移行することで、アナログ回線やISDN回線といった物理的な回線契約を廃止でき、それに伴う回線基本料も削減できます。
コスト最適化のための具体的な見直しポイント
クラウドPBXへの移行以外にも、企業通信費を最適化するための具体的な見直しポイントがあります。
ポイント1:冗長化された不要な固定回線の棚卸し
多くの企業では、過去の事業継続計画(BCP)やシステムの都合上、複数の回線契約が残っている場合があります。
●回線利用状況の確認:
契約中の固定回線(光、ISDN、専用線など)について、現在の利用用途と過去1年間のトラフィック量をチェックします。
●冗長化の適正化:
バックアップ回線(冗長化)が必要な場合でも、高価な専用線ではなく、モバイルWi-Fi(5G/FWA)や安価なSLA付きの法人向け光回線で代替可能か検討します。
●低利用回線の廃止:
ほとんど利用されていないが、電話番号維持のために残している回線がないか確認し、IP電話への番号ポータビリティが可能であれば、物理回線契約を廃止します。
ポイント2:モバイル化による固定電話の廃止と電話機の削減
固定電話機(ハードフォン)をオフィス内に設置することは、PBX主装置と配線工事のコストを引き起こす原因の一つです。
●モバイル内線化の推進:
クラウドPBXを導入し、従業員の法人携帯(スマートフォン)に専用アプリをインストールすることで、固定電話機を不要とします。
●ハードウェアコストの削減:
従来の専用電話機の購入費や故障時の交換費用が不要になります。
●オフィスのスリム化:
電話機の設置や配線がなくなることで、オフィスのレイアウト変更や移転が容易になり、それに伴うコストも削減されます。
ポイント3:ベンダー契約の見直しと料金プランの最適化
長期間同じベンダーと契約している場合、最新の料金プランやサービス内容を把握していない可能性があります。
1.プロバイダ契約の見直し:
現在の契約速度や容量、固定IPの数などが現在の業務実態に合っているかを確認し、過剰なスペックであればダウングレードを検討します。
2.一元契約への集約:
可能な限り、回線・プロバイダ・クラウドPBXを単一のベンダーに集約することで、交渉力を高め、セット割引の適用を受け、月額費用を削減できる可能性があります。
3.通話定額プランの検討:
通話頻度が高い場合は、月額料金内で国内通話が定額となる「かけ放題」プランなどを適用することで、通話コストを安定させ、削減できます。
【実践】サービス別コスト削減シミュレーションと相場
具体的なケーススタディを通じて、コスト削減効果を評価します。
ケーススタディ:中小企業(30名規模)の通信費見直しシミュレーション
社員30名の中小企業が、老朽化したオンプレミスPBX(耐用年数超過)からクラウドPBXに移行した場合のシミュレーションです。
| 費用項目 | 従来のPBX(5年TCO) | クラウドPBX(5年TCO) | 削減率 |
| 初期費用 | 300万円(主装置・工事費) | 50万円(設定費・IP電話機代) | 83% |
| 月額基本料 | 50,000円/月(回線基本料・保守料) | 35,000円/月(ユーザーアカウント料) | 30% |
| 通話料 | 30,000円/月(拠点間・外線) | 15,000円/月(内線無料化・IP電話割引) | 50% |
| 5年間総コスト(TCO) | 約780万円 | 約260万円 | 約67%削減 |
※注:概算値であり、実際の費用は契約内容によりますが、クラウドPBXへの移行が劇的なTCO削減をもたらすことがわかります。
主要クラウドPBXベンダーの相場比較と隠れた費用(オプション)
クラウドPBXの月額費用は、ベンダーによって大きく異なりますが、相場は1ユーザーあたり月額1,500円〜3,500円程度です。
比較時の注意点(隠れた費用):
●通話録音機能:
標準機能か、別途オプション費用(月額数百円/ユーザー)が必要か。
●CTI連携:
外部システム(CRMなど)との連携機能は、基本プランに含まれているか、高額な上位プランが必要か。
●0ABJ番号維持費用:
従来の固定電話番号を引き継ぐ(番号ポータビリティ)場合、その月額維持費用が別途発生します。
●国際通話単価:
利用頻度が高い国際通話先の通話単価を複数のベンダーで比較することが重要です。
リプレイス時の補助金・税制優遇の活用
PBXの買い替えやクラウドサービスへの移行は、国や自治体のIT導入補助金や税制優遇の対象となる場合があります。
●IT導入補助金:
クラウドPBXの導入費用(ライセンス費用、初期設定費用など)が補助対象となるケースが多くあります。
●税制優遇:
中小企業向けのDX投資促進税制など、生産性向上に資するIT投資に対して、特別償却や税額控除が適用される場合があります。
これらの制度を積極的に活用することで、実質的な導入コストをさらに削減することが可能です。
まとめ:コスト削減はDXの第一歩
本コラムでは、法人向け通信サービスが抱える「隠れたコスト」の構造を分析し、従来のPBXからクラウドPBXへの移行が、初期費用の排除、内線無料化、保守費用の削減という点で、いかにコスト削減に貢献するかを詳細に解説しました。
通信費の最適化は、企業の体質を改善し、DXを推進するための最も基本的かつ重要なステップです。
通信費の最適化戦略:クラウド化による恒久的な費用削減
通信費の最適化戦略の核心は、以下の通りです。
1.TCO視点での評価:
初期費用だけでなく、5年間の総保有コスト(TCO)で評価する。
2.徹底的な棚卸し:
不要な固定回線契約を廃止し、モバイルやIP電話に集約する。
3.変動費化の推進:
PBXをクラウド化することで、高額な設備投資(CAPEX)を避け、利用人数に応じた変動費(OPEX)に移行させる。
この戦略を実行することで、企業はコスト効率とリモートワーク対応という二大メリットを同時に享受できます。
編集部のコメント
経理・情報システム部門の皆様へ。通信費の見直しは、「不便になるのではないか」という懸念から後回しにされがちですが、クラウドPBXは、むしろ「スマートフォンが内線になる」「どこでも会社番号で発着信できる」といった圧倒的な利便性を提供します。
コスト削減と利便性の向上は、相反するものではありません。レガシーPBXの買い替え時期をクラウドPBXへの移行というチャンスと捉え、本記事で解説した具体的な見直しポイントと相場を参考に、貴社の通信インフラの費用対効果を最大化させるための戦略的なアクションを推進されることを推奨いたします。




