はじめに:なぜ今、ネットワークの更改判断が重要なのか
現代のビジネス環境において、ネットワークは単なる「社内インフラ」の枠を超え、企業の競争力を左右する経営基盤そのものとなっています。かつては、一度構築したネットワークは「壊れるまで使う」という考え方も一般的でしたが、現在ではその姿勢は大きなリスクを伴うようになりました。
特に導入から3年から5年以上が経過しているネットワーク構成を維持している企業にとって、現在の状況は「更改の転換点」に立たされていると言っても過言ではありません。その背景には、業務におけるクラウドサービスの全面的な普及、ハイブリッドワークの定着、そして巧妙化するサイバー攻撃といった、数年前には予測しきれなかった急激な環境変化があります。
旧来のネットワーク構成のままでは、通信の遅延による業務効率の低下を招くだけでなく、最新のセキュリティ脅威に対して脆弱な状態を晒し続けることになります。また、ハードウェアとしての寿命やメーカーサポートの終了(EOL/EOS)といった物理的な制約も無視できません。本記事では、ネットワーク更改を検討しているIT担当者の方々に向けて、機器の入れ替えタイミングを決定付ける「老朽化」「通信量」「セキュリティ」の3つの主要な観点から、具体的な判断目安を専門的な知見に基づいて解説します。
ハードウェアの限界とライフサイクル:物理的寿命とサポート終了の判断基準
ネットワーク機器の更改において、最も明確な判断基準となるのが「物理的な寿命」と「メーカーによるサポート期間」です。一般的に企業向けネットワーク機器の法定耐用年数は5年とされていますが、実務上の更改目安もこの5年前後が一つの区切りとなります。
物理的劣化と故障リスク
ネットワーク機器は24時間365日稼働し続けることが前提の機器です。特にルーター、スイッチ、無線LANアクセスポイントなどのコンポーネントは、経年劣化による故障リスクを避けることができません。例えば、内部のコンデンサの劣化や冷却ファンの摩耗などは、ある日突然の通信停止を引き起こす原因となります。 また、5年以上経過した機器は、最新の機器と比較して電力効率が悪く、発熱量も多い傾向にあります。これはデータセンターやサーバー室の空調負荷を高め、運用コストの増大を招く要因にもなります。
EOS/EOL(販売終了・サポート終了)の重要性
ハードウェアが正常に動作していても、メーカーによるサポートが終了する場合は、強制的に更改を検討すべきタイミングです。
- EOS(End of Sale): 販売終了。新しく同じ構成を追加することが困難になります。
- EOL(End of Life): サポート終了。故障時の代替機手配ができなくなるだけでなく、致命的な脆弱性が発見されても修正パッチが提供されなくなります。
以下の表に、一般的なネットワーク機器のライフサイクルにおけるリスクをまとめました。
| 稼働年数 | 状態の目安 | 主なリスクと対策 |
|---|---|---|
| 1〜3年 | 安定期 | 初期不良を除き、安定稼働する時期。ファームウェアの定期更新で対応。 |
| 3〜5年 | 検討期 | 保守契約の更新タイミング。故障率が緩やかに上昇し始める。次期構成の検討開始。 |
| 5〜7年 | 危険期 | 物理故障が急増。多くの機器でEOLを迎える。迅速な更改計画と実行が必要。 |
| 7年以上 | 超過期 | サポート不在による事業継続リスク大。セキュリティ更新停止による脆弱性の放置。 |
保守部品の枯渇と運用コスト
導入から時間が経過するほど、保守部材の確保は困難になります。メーカーサポートが終了した機器を使い続けるために、中古市場から部品を調達したり、サードパーティ保守を利用したりする方法もありますが、これらはあくまで一時しのぎに過ぎません。古い機器を維持するための人的・時間的コストを考慮すると、最新機器への更改によって得られる運用効率の向上の方が、中長期的なROI(投資対効果)が高くなる傾向にあります。
通信トラフィックの増大とアプリケーションの変化:パフォーマンスの限界
ネットワーク機器が物理的に健全であっても、中を流れるデータの質と量が変われば、そのネットワークは「寿命」を迎えたと判断すべきです。過去5年間で、企業の通信トラフィック環境は劇的に変化しました。
クラウトシフトとSaaS利用の日常化
かつてのネットワークは、社内サーバーへのアクセスを中心とした「ハブ・アンド・スポーク型」が主流でした。しかし現在では、Microsoft 365やGoogle Workspace、SalesforceといったSaaS、さらにはZoomやMicrosoft TeamsなどのWeb会議システムが業務の柱となっています。 これらのアプリケーションは、従来のクライアント・サーバー型システムと比較して、膨大なセッション数と帯域幅を消費します。特にWeb会議はリアルタイム性が求められるため、わずかな遅延やパケットロスが業務効率を著しく低下させます。
ネットワーク機器の処理能力(スループット)の限界
古いルーターやファイアウォールには、現在のトラフィック量を処理するのに十分なCPUパワーやメモリが備わっていないケースが多く見られます。
- セッション数の枯渇: SaaSの利用は、一台のPCから発生するセッション数を爆発的に増加させます。古い機器ではNATテーブルが溢れ、通信が切断される原因となります。
- 暗号化通信(SSL/TLS)のオーバーヘッド: 現在のウェブトラフィックのほとんどは暗号化されています。ファイアウォールがこれらを検査(SSLインスペクション)する際、古いハードウェアでは処理能力が追いつかず、通信速度が極端に低下します。
無線LAN環境のアップグレード
PCだけでなくスマートフォン、タブレット、IoT機器など、オフィス内の無線接続デバイスは増加の一途を辿っています。3〜5年前の「Wi-Fi 5(802.11ac)」以前の規格に基づいた環境では、高密度な接続環境に対応しきれず、接続不安定や速度低下が頻発します。最新の「Wi-Fi 6/6E」あるいは「Wi-Fi 7」への更改は、オフィス内の生産性を直結させる重要な要素です。
トラフィックによる更改判断のチェックリスト
自社のネットワークがパフォーマンスの限界に達しているかどうかは、以下の事象の発生頻度で確認できます。
- Web会議中に音声が途切れたり、画面が静止したりすることが頻繁にある。
- 始業直後や昼休み明けなど、特定の時間帯にインターネット接続が極端に遅くなる。
- 大容量ファイルのダウンロードやクラウドへのアップロードに時間がかかる。
- ネットワーク機器のCPU使用率やメモリ使用率が恒常的に高い状態にある。
これらの事象が日常化している場合、物理的な故障を待たずとも、ビジネスの機会損失を防ぐために早期の更改が必要です。
セキュリティ要件の高度化:従来型境界防御からの脱却
ネットワーク更改の最も切実かつ重要な動機となるのが「セキュリティ」です。サイバー攻撃の手口が高度化する中、数年前のセキュリティ設計に基づいたネットワーク構成は、攻撃者にとって格好の標的となります。
境界防御モデルの限界とゼロトラストへの移行
かつてのセキュリティは「社内(安全)」と「社外(危険)」を分け、その境界にファイアウォールを設置する「境界防御」が基本でした。しかし、テレワークの普及やクラウド利用により、守るべきデータは社外に分散し、攻撃の起点も社内・社外を問いません。 この状況に対応するのが「ゼロトラスト」という考え方です。すべてのアクセスを疑い、検証するこのモデルを構築するには、IDベースの認証やマイクロセグメンテーション(ネットワークの細分化)が可能な最新のネットワーク機器やサービスが必要になります。
巧妙化するランサムウェアと脆弱性への対応
近年のランサムウェア攻撃は、VPN装置やルーターの脆弱性を突いて社内ネットワークに侵入するケースが非常に多くなっています。
- ファームウェア更新の重要性: 古い機器では、OS自体の設計が古く、未知の脆弱性に対して根本的な対策が打てない場合があります。
- 高度な脅威検知: 最新の次世代ファイアウォール(NGFW)やUTM(統合脅威管理)は、AIやクラウド上の脅威インテリジェンスと連携し、未知のマルウェアをリアルタイムで検知・遮断します。数年前の機器では、これらの高度なセキュリティ機能をフルスペックで動作させることは困難です。
コンプライアンスとガバナンス
ISMS(情報セキュリティマネジメントシステム)やPマークの更新、あるいは取引先からのセキュリティチェックシートへの回答において、ネットワーク機器のサポート状況や暗号化規格の対応状況が問われる場面が増えています。古い規格(例:脆弱性が指摘されているVPNプロトコルや古い暗号化方式)を使い続けることは、企業としての社会的信用の失墜にも繋がりかねません。
| 項目 | 従来型(3〜5年以上前)の課題 | 最新ネットワークでの解決策 |
|---|---|---|
| 防御モデル | 境界防御(社内のみを保護) | ゼロトラスト(場所を問わずアクセスを検証) |
| VPN | 脆弱なプロトコル、拠点間固定 | セキュアなリモートアクセス、SD-WAN |
| 可視化 | トラフィックの詳細は不明 | アプリケーションレベルでの可視化・制御 |
| 脅威検知 | シグネチャベース(既知のみ) | サンドボックス、AIによる振る舞い検知 |
セキュリティ観点からの更改は、コストではなく「リスク回避のための投資」です。インシデントが発生した際の損害賠償や復旧費用、ブランド毀損のコストを考慮すれば、適切なタイミングでの更改判断がいかに合理的であるかが理解できるはずです。
更改の実行に向けた判断基準と具体的な進め方
ここまでの議論を踏まえ、IT担当者が実際に更改を決定し、プロジェクトを進めるための具体的なステップと判断基準を整理します。
ステップ1:現状のインベントリ作成とリスク評価
まず、現在稼働しているすべてのネットワーク機器のリスト(インベントリ)を作成します。
- 型番、導入時期、保守終了日(EOL/EOS)の確認。
- 現在のトラフィック状況(ピーク時の帯域使用率、CPU/メモリ負荷)の計測。
- 直近1年間で発生したネットワークトラブルの履歴。 これらのデータを集約することで、更改の必要性を定量的に示すことができます。
ステップ2:ビジネス要件との整合性確認
今後3〜5年間の自社のビジネスプランと照らし合わせます。
- 拠点数の増減や社員数の変化。
- DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進状況。
- ハイブリッドワークやフルリモートワークの継続方針。 ビジネスの方向性によって、オンプレミス型の機器更改にするのか、あるいはクラウド管理型のネットワーク(SD-WANやSASE)へ移行するのか、最適な構成が決定します。
ステップ3:ROI(投資対効果)の算定
更改費用は決して安くはありませんが、以下の観点からROIを検討してください。
- 運用管理コストの削減: クラウド管理型機器への移行による、拠点訪問や手動設定の手間の削減。
- 生産性の向上: 通信遅延の解消による従業員の業務効率アップ。
- セキュリティリスクの低減: 万が一のインシデント発生時の想定損害額との比較。
更改判断の決定打となるタイミング
以下のいずれかに該当する場合、直ちに更改プロジェクトを始動すべきです。
- 主要機器のEOLまで残り1年を切っている: 選定・設計・導入には半年から1年程度の期間が必要です。
- 既存ネットワークがSaaSの利用に耐えられていない: 業務に支障が出ている状態は、すでに更改のタイミングを過ぎています。
- セキュリティポリシーが現状の構成では実現できない: リモートワーク環境の強化やゼロトラスト化が急務である場合。
まとめ
ネットワークの更改は、単なる「古いものを新しくする」作業ではありません。将来のビジネスの成長を支えるための「基盤の再構築」です。導入から3〜5年が経過している現在の構成を見直し、ハードウェアの寿命、パフォーマンスの限界、そしてセキュリティの高度化という3つの軸で客観的な評価を行ってください。
適切なタイミングでの更改は、IT部門の負担を軽減するだけでなく、企業全体のデジタライゼーションを加速させ、予期せぬトラブルから事業を守るための最善の戦略となります。


