法人ネットワーク導入における計画の重要性
企業の成長や事業拡大に伴い、法人ネットワークの導入や刷新は避けて通れない課題となります。しかし、適切な計画なしに進めてしまうと、コストの超過や運用上の問題が発生し、業務に支障をきたすリスクがあります。
法人向けの通信インフラは、社内の業務システム、クラウドサービスとの連携、セキュリティ要件、将来的な拡張性など、多岐にわたる要素を考慮する必要があります。特に複数拠点を持つ企業では、拠点間接続の品質や冗長性の確保が事業継続性に直結するため、慎重な検討が求められます。
導入プロジェクトを成功させるためには、現状の課題を明確化し、自社の要件を正確に定義することから始めることが不可欠です。また、ベンダーやサービスプロバイダーとの適切なコミュニケーションを通じて、技術的な実現可能性とコストのバランスを取ることが重要になります。
近年では、クラウドサービスの普及により、従来のオンプレミス中心のネットワーク設計から、インターネットブレイクアウトを含むハイブリッド型のネットワーク構成が主流となっています。導入時には、現在だけでなく3〜5年後の事業計画も視野に入れた設計が求められます。
要件整理のステップと現状分析の手法
法人ネットワーク導入の第一段階は、自社の要件を明確に整理することです。この段階での精度が、その後のベンダー選定や設計品質に大きく影響します。
現状のネットワーク環境の可視化
まず、現在利用している通信サービスの契約内容、帯域、コスト、利用状況を詳細に把握します。具体的には、回線の種類(光回線、専用線、モバイル回線など)、契約帯域と実効速度、月額コスト、トラフィックのピーク時間帯などのデータを収集します。
また、現状の課題を洗い出すことも重要です。通信速度の遅延、特定時間帯の帯域不足、拠点間接続の不安定さ、セキュリティインシデントの発生状況など、定量的・定性的なデータを収集します。
業務要件の定義
次に、ネットワークに求められる業務要件を整理します。以下のような観点から検討を進めます。
| 要件項目 | 確認すべき内容 |
|---|---|
| 拠点構成 | 拠点数、各拠点の所在地、今後の拠点増減予定 |
| 利用システム | 基幹システム、クラウドサービス、IP電話、ビデオ会議など |
| ユーザー数 | 拠点別の従業員数、リモートワーク利用者数 |
| 帯域要件 | 必要な通信速度、アップロード・ダウンロードの比率 |
| 可用性要件 | 許容されるダウンタイム、冗長化の必要性 |
| セキュリティ要件 | 必要なセキュリティレベル、コンプライアンス要件 |
技術要件と制約条件の整理
業務要件に加えて、技術的な要件も明確にする必要があります。既存システムとの互換性、利用可能な通信事業者の回線サービス、各拠点の物理的な制約(配線スペース、電源容量など)、予算上限などを整理します。
特に予算については、初期導入費用だけでなく、月額の運用コスト、保守費用、将来的な拡張時のコストも含めた総所有コスト(TCO)の観点で検討することが重要です。
要件整理の段階で、経営層や各部門の責任者とコミュニケーションを取り、将来的な事業計画や組織変更の可能性についても確認しておくことをお勧めします。ネットワークインフラは一度構築すると数年間は利用し続けるため、先を見越した設計が必要です。
通信サービスの種類と選定基準
法人ネットワークを構築する際、利用する通信サービスの選定は最も重要な決定事項の一つです。それぞれのサービスには特性があり、自社の要件に適したものを選ぶ必要があります。
主な法人向け通信サービスの種類
現在、法人向けに提供されている主な通信サービスには以下のような種類があります。
広域イーサネットは、通信事業者が提供する閉域網サービスで、複数拠点を同一のレイヤ2ネットワークで接続できます。高いセキュリティ性と安定した通信品質が特徴で、基幹システムのアクセスに適しています。帯域保証型のサービスが多く、SLA(Service Level Agreement)による品質保証が提供されるため、ミッションクリティカルな業務に向いています。
IP-VPNは、通信事業者の閉域IPネットワークを利用したサービスです。レイヤ3での接続となり、ルーティング設定の柔軟性が高いことが特徴です。広域イーサネットと同様に高いセキュリティレベルを確保でき、拠点数が多い企業に適しています。
インターネットVPNは、公衆インターネット回線を利用してVPN接続を構築するサービスです。比較的低コストで導入でき、回線の選択肢が多いため、拠点の追加や変更に柔軟に対応できます。ただし、インターネット回線の品質に依存するため、帯域保証やSLAの面では閉域網サービスに劣ります。
SD-WANは、ソフトウェアによってネットワークを制御する技術で、複数の回線を組み合わせて最適な通信経路を自動的に選択します。インターネット回線と閉域網を併用することで、コストと品質のバランスを取ることができます。クラウドサービスの利用が多い企業では、インターネットブレイクアウト機能により通信の最適化が可能です。
サービス選定時の比較ポイント
通信サービスを選定する際は、以下のような観点から比較検討を行います。
| 比較項目 | 広域イーサネット/IP-VPN | インターネットVPN | SD-WAN |
|---|---|---|---|
| セキュリティ | 閉域網で高い | 暗号化により確保 | 回線により異なる |
| 通信品質 | 帯域保証、SLAあり | ベストエフォート | 複数回線で補完可能 |
| コスト | 高額 | 低コスト | 中程度 |
| 導入期間 | 1〜3ヶ月 | 1〜2週間 | 1〜2ヶ月 |
| 柔軟性 | 低い | 高い | 非常に高い |
実際の選定では、業務の重要度に応じて適切なサービスを選択します。基幹系システムや機密性の高いデータ通信には閉域網サービス、インターネットアクセスやクラウドサービス利用にはインターネットVPNやSD-WANというように、用途に応じた使い分けも有効です。
ベンダー選定とRFPの作成ポイント
要件が明確になったら、次はベンダーやサービスプロバイダーの選定に移ります。適切なベンダーを選ぶことは、導入の成功を左右する重要なステップです。
ベンダー候補の絞り込み
まず、自社の要件を満たせる可能性のあるベンダーをリストアップします。主要な通信事業者(NTT、KDDI、ソフトバンクなど)、ネットワーク機器ベンダー、システムインテグレーター、SD-WAN専業ベンダーなど、複数のカテゴリから候補を選定します。
ベンダー選定時には以下のような観点で評価を行います。
- サービス提供エリア:自社の全拠点をカバーできるか
- 技術力と実績:同規模・同業種での導入実績があるか
- サポート体制:24時間365日のサポートが可能か、障害時の対応体制は整っているか
- コスト競争力:予算内で適切なサービスを提供できるか
- 拡張性:将来的な拠点追加や帯域増強に柔軟に対応できるか
RFP(提案依頼書)の作成
ベンダー候補が絞り込めたら、RFP(Request for Proposal)を作成して提案を依頼します。RFPには、自社の要件を具体的かつ明確に記載し、ベンダーが適切な提案を作成できるようにします。
RFPに含めるべき主な項目は以下の通りです。
- 企業概要と現状のネットワーク構成
- 導入の目的と解決したい課題
- 拠点情報(所在地、ユーザー数、利用システム)
- 技術要件(帯域、冗長化、セキュリティなど)
- 非機能要件(可用性、保守サポート、SLAなど)
- 予算の範囲(初期費用と月額費用の目安)
- 導入スケジュール
- 提案書の提出期限と評価基準
提案内容の評価とベンダー決定
提案書を受領したら、評価基準に基づいた客観的な評価を行います。技術的な適合性、コスト、サポート体制、導入実績などを点数化し、総合的に判断します。
複数のベンダーを候補として残した場合は、詳細なヒアリングや技術検証(PoC: Proof of Concept)を実施することも有効です。特にSD-WANのような新しい技術を導入する場合は、実際の通信環境で性能を確認することで、導入後のミスマッチを防ぐことができます。
ベンダー選定では、価格だけでなく、長期的なパートナーシップを築けるかという視点も重要です。ネットワークは導入後の運用や保守が継続的に発生するため、信頼できるベンダーとの関係構築が事業の安定性につながります。
導入プロジェクトの実施と運用への移行
ベンダーが決定したら、いよいよ導入プロジェクトの実施に入ります。この段階では、綿密なプロジェクト計画と関係者間の密なコミュニケーションが成功の鍵となります。
詳細設計とスケジュール策定
まず、ベンダーと協力して詳細設計を行います。ネットワーク構成図の作成、IPアドレス設計、ルーティング設計、セキュリティポリシーの策定など、技術的な詳細を決定します。この段階で、既存システムとの接続方法や、移行時の影響についても具体的に検討します。
導入スケジュールは、各拠点の工事日程、機器の納期、設定作業の期間、テスト期間などを考慮して策定します。特に業務への影響を最小限にするため、移行タイミングは慎重に計画します。週末や夜間の作業、段階的な移行など、業務継続性を確保する工夫が必要です。
構築作業と受入テスト
実際の構築作業では、各拠点での回線工事、ネットワーク機器の設置、初期設定を順次実施します。作業の進捗状況を定期的に確認し、問題が発生した場合は迅速に対処します。
構築完了後は、受入テストを実施します。テスト項目には以下のようなものが含まれます。
- 拠点間の疎通確認
- 帯域の測定と要件との適合確認
- 冗長構成の動作確認(障害時の切り替えテスト)
- セキュリティ機能の動作確認
- 業務アプリケーションの動作確認
- VPN接続の安定性確認
テストで問題が発見された場合は、原因を特定して対策を実施し、再度テストを行います。すべてのテスト項目が問題なく完了したことを確認してから、本番運用に移行します。
運用体制の構築と監視
導入後の安定運用を実現するためには、適切な運用体制の構築が不可欠です。障害発生時のエスカレーションフロー、定期的な監視項目、性能レポートの作成など、運用ルールを明確に定めます。
ネットワークの監視では、回線の稼働状況、トラフィック量、機器のリソース使用率などを継続的にモニタリングします。異常が検知された場合は、迅速に対応できる体制を整えておくことが重要です。多くの法人向けサービスでは、ベンダー側で24時間365日の監視サービスを提供しているため、これを活用することも有効です。
定期的な見直しと最適化
ネットワークは導入して終わりではなく、継続的な改善が必要です。定期的に通信状況を分析し、帯域が不足している拠点がないか、新しいサービスやアプリケーションの導入により要件が変化していないかを確認します。
また、通信技術は日々進化しているため、より効率的なサービスや新しい技術が登場した場合は、導入を検討することも重要です。年に一度は、ネットワーク全体のレビューを実施し、コストと性能の最適化を図ることをお勧めします。
セキュリティ対策の継続
法人ネットワークにおいて、セキュリティ対策は継続的に強化していく必要があります。ファイアウォールやIPS/IDSの設定見直し、アクセスログの定期的な分析、セキュリティパッチの適用など、常に最新の脅威に対応できる体制を維持します。
近年ではゼロトラストセキュリティの概念が注目されており、従来の境界型防御だけでなく、ネットワーク内部の通信も含めた包括的なセキュリティ対策が求められています。定期的なセキュリティ診断や従業員向けの教育も、セキュリティレベルの維持向上に有効です。
導入プロジェクトの成功は、技術的な完璧さだけでなく、ユーザーである従業員の理解と協力も重要な要素です。新しいネットワークの利用方法や、トラブル時の連絡先などを事前に周知し、スムーズな移行を実現しましょう。また、導入後のフィードバックを収集し、継続的な改善に活かすことで、より快適なネットワーク環境を構築できます。
まとめ
法人ネットワークの導入は、企業の業務効率や競争力に直結する重要なプロジェクトです。成功させるためには、要件整理、適切なサービス選定、信頼できるベンダーとのパートナーシップ、そして計画的な導入と継続的な運用という一連のプロセスを着実に進めることが求められます。
特に重要なのは、導入前の要件定義の精度です。現状の課題を正確に把握し、将来の事業計画も見据えた要件を定義することで、長期的に活用できるネットワークインフラを構築できます。また、コストだけでなく、セキュリティ、可用性、拡張性など、総合的な観点から最適なサービスを選択することが重要です。
導入後も、定期的な監視と見直しを行い、常に最適な状態を維持することで、安定した業務環境を実現できます。法人ネットワークは企業活動の基盤となるインフラですから、IT担当者として計画的かつ戦略的に取り組むことをお勧めします。


