データ連携の課題と最適なツールの必要性
企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)が進むにつれ、CRM、SFA、会計、人事など、業務のあらゆる領域でSaaS(Software as a Service)の導入が進んでいます。SaaSは業務の効率化に不可欠ですが、多くの企業が直面するのが、「システム間のデータ分断(サイロ化)」という新たな課題です。営業の受注データが会計システムに手動で転記されたり、人事の異動情報が勤怠システムに反映されなかったりする状況は、業務の遅延やヒューマンエラーの原因となります。
この課題を解決し、SaaS連携を通じてデータ統合とワークフローの自動化を実現するために、連携ツールの導入が不可欠です。しかし、連携ツールにはiPaaS(アイパース)やEAI(イーエーアイ)といった複数の種類があり、自社のシステム構成(クラウドSaaSが多いか、オンプレミスシステムが多いか)によって、最適な選択肢が異なります。
本コラムでは、情報システム部門、DX推進担当者様に向けて、iPaaSとEAIという二大連携ツールの技術的な仕組み、機能比較、そして自社のシステム構成に合わせた最適な選定基準を、専門的な視点から徹底的に解説します。データ連携を戦略的に行うための比較検討ガイドとしてご活用ください。
SaaS乱立時代に不可欠な「システムをつなぐ」技術
SaaSの登場以前は、システム連携は主にEAIによって行われていましたが、SaaSが主流となった現在では、クラウドベースの連携が求められています。
●課題:
従来の連携手法では、SaaSが頻繁にAPIをアップデートするスピードに対応できず、連携システム自体の保守工数が肥大化していました。
●ソリューション:
iPaaSは、このクラウド間の連携に特化することで、開発工数を大幅に削減し、企業のデータ統合とワークフロー自動化を可能にするソリューションとして急速に普及しています。
連携ツール選定における「内製化」と「プラットフォーム」の選択
連携ツールの選定は、「誰が、どのように運用するか」という観点も重要です。
本記事では、この連携プラットフォームに焦点を当てて比較します。
●カスタム開発(内製化)
: APIを用いて自社で連携プログラムを開発する方法。高度な要求に対応可能ですが、保守工数が非常に大きい。
●連携プラットフォーム(iPaaS/EAI):
ツールが提供するGUIを利用して、プログラミングレスで連携設定を行う方法。開発リソースが少ない企業や、スピーディな連携を求める企業に最適です。
本記事を読むことで得られるメリットと対象読者
| 項目 | 詳細 |
| 対象読者 | DX推進担当者、情報システム部門、データ連携プロジェクト管理者、SaaS導入責任者。 |
| 得られるメリット | 1. iPaaSとEAIの技術的な違いと、それぞれの強み・弱みを明確に理解できます。 2. 自社のオンプレミスシステムとクラウドSaaSの構成に基づき、最適な連携ツールを選択する基準を得られます。 3. コネクタ数、セキュリティ認証、料金体系など、導入前に確認すべき比較ポイントを習得できます。 |
SaaS連携ツールの種類と基本機能の理解
連携ツールを比較するにあたり、まずはその種類と、すべての連携ツールに共通する基本機能を理解しておく必要があります。
iPaaS(Integration Platform as a Service)とは?(クラウド型連携)
iPaaSは、クラウドベースで提供される連携プラットフォームです。
●特徴:
連携処理の実行環境(ランタイム)がクラウド上にあり、ユーザーはWebブラウザのGUIを通じて連携設定を行います。
●ターゲット:
クラウドSaaS間(例:SalesforceとSlack、会計SaaSと勤怠SaaSなど)の連携を主なターゲットとしています。
●優位性:
導入スピードが速く、連携先のSaaSがアップデートされても、ベンダー側がコネクタを更新するため、保守工数がほとんどかかりません。プログラミング知識が不要なノーコード・ローコードでの開発が可能です。
EAI(Enterprise Application Integration)とは?(オンプレミス型連携)
EAIは、主にオンプレミス(自社設置)のシステム連携を目的として発展してきたツールです。
●特徴:
連携処理の実行環境が企業内のサーバーに設置され、社内の基幹システム(ERP、レガシーDBなど)との連携を深く行います。
●ターゲット:
社内の基幹システム、データベース、ファイルサーバーなど、オンプレミス環境のデータ統合を主なターゲットとしています。
●優位性:
大容量データのバッチ処理や、複雑なデータ変換ロジック、厳格なセキュリティポリシーが求められる場合に、高い処理能力と安定性を発揮します。
基本的な機能比較:データ変換、マッピング、トリガーとアクション
iPaaSもEAIも、連携を実現するために共通して以下の基本機能を提供します。
●コネクタ(アダプタ):
連携したいシステム(SaaSやDB)と接続するための接続モジュール。この数と質がツールの使いやすさを左右します。
●データ変換(トランスフォーメーション):
連携元と連携先でデータの形式や項目名が異なる場合に、データを適切な形式に変換する機能。
●マッピング(紐づけ):
連携元のどの項目を、連携先のどの項目に対応させるかを定義する機能。
●トリガーとアクション:
トリガー(連携を開始するきっかけ、例:「CRMに新規受注が登録された」)と、アクション(実行される処理、例:「会計SaaSに仕訳データを作成」)を設定する機能。
【徹底比較】iPaaSとEAIのメリット・デメリット
自社の連携戦略を明確にするため、iPaaSとEAIの持つ構造的なメリットとデメリットを比較します。
iPaaSの優位性:導入スピード、コスト効率、クラウドSaaSとの互換性
| メリット | デメリット |
| ◎ 導入スピード: 環境構築が不要で、数時間〜数日で連携設定が可能。 | × 処理能力: 大量データのバッチ処理(数百万件など)や複雑なDB連携は、EAIに劣る場合がある。 |
| ◎ コスト効率: 初期投資が安価で、月額課金制。ハードウェアや保守費が不要。 | × オンプレミス対応: 社内のレガシーシステムやDBとの連携には、別途エージェントの導入や開発が必要な場合がある。 |
| ◎ 保守性の高さ: SaaSのAPI変更にベンダーが自動で対応するため、保守工数がほぼゼロ。 | × 閉域性: 連携処理の実行環境がクラウド上にあるため、セキュリティポリシー(データ通信経路など)の制約を受ける場合がある。 |
| ◎ 開発容易性: ノーコード/ローコードのGUIで設定できるため、IT部門以外でも連携を構築しやすい。 |
iPaaSは、クラウドファーストの現代の企業において、最も迅速かつコスト効率の良い連携手法です。
EAIの優位性:複雑なデータ処理、レガシーシステムとの安定連携
| メリット | デメリット |
| ◎ 処理能力: 実行環境を自社サーバーに置くため、大容量データのバッチ処理や複雑な変換ロジックに強い。 | × 導入コスト: 高額なライセンス費用に加え、サーバーやストレージ、専門的な技術者が必要となり、TCOが高い。 |
| ◎ レガシー連携: Oracle DB、SAPなどのレガシーな基幹システムとの連携実績が豊富で、安定性が高い。 | × 保守性: システムアップデートの都度、連携モジュールの自社での修正や再テストが必要で、保守工数が大きい。 |
| ◎ セキュリティ: 企業の閉域ネットワーク内で連携処理が完結するため、外部からのアクセスリスクが低い。 | × クラウド連携: SaaSとの連携には、別途APIアダプタの導入やカスタム開発が必要な場合があり、スピード感に欠ける。 |
EAIは、オンプレミスの基幹システムを核とし、安定稼働を最優先する企業に最適です。
連携の複雑性・データ量に応じた最適な選択肢の判断
最適な選択肢は、以下の基準で判断します。
| ニーズ | 最適なツール |
| クラウドSaaS間の連携(CRM $\to$ MA $\to$ Chat) | iPaaS |
| オンプレミス基幹システムとDBの連携 | EAI |
| ハイブリッド(オンプレミス $\iff$ クラウドSaaS) | iPaaS(オンプレミスアダプタ利用)またはEAI(SaaSアダプタ利用) |
| 大量データのバッチ処理(日次数百万件など) | EAI |
| 迅速なワークフロー自動化(ノーコードで実現したい) | iPaaS |
自社のシステム構成に合わせた選定基準
自社の現在のIT資産と今後のDX戦略に基づき、どのツールが最適かを判断するための具体的な基準を解説します。
基準1:接続対象となるシステムの割合(オンプレミス vs クラウド)
●クラウドSaaSが9割以上:
連携の対象がほぼすべてSaaSで完結している場合は、iPaaS一択です。そのメリット(低コスト、高保守性)を最大限に享受できます。
●オンプレミス基幹システムが核:
企業の最も重要なデータやワークフローがオンプレミスのERPやDBにある場合は、EAIを核とし、SaaS連携はEAIの外部アダプタを利用する形が安定します。
●ハイブリッド構成:
オンプレミスとクラウドの連携が混在する場合は、両方のシステムにコネクタを持ち、データ変換に強いiPaaS(iPaaSベンダーの多くはオンプレミス連携用のエージェントを提供しています)が、コストと柔軟性の面で有利になる傾向があります。
基準2:必要な連携の複雑性とデータ処理能力
●単純なワークフロー:
「CRMの受注 $\to$ 会計SaaSに通知」といった単純なトリガー・アクションや、少量のデータ同期が中心であれば、iPaaSで十分です。
●複雑なロジック:
「3つのデータベースからデータを取得し、複雑な条件判定と集計ロジックを適用した後、別の形式でSaaSに登録する」といった複雑なデータ変換・加工が必要な場合は、EAIまたはiPaaSの上位製品(高度な開発機能を持つもの)を検討します。
●リアルタイム性:
リアルタイムなデータ同期が求められるか、あるいは夜間バッチ処理で十分かによっても選定が変わります。一般的にiPaaSはイベント駆動型のリアルタイム連携に強く、EAIはバッチ処理に強い傾向があります。
基準3:開発リソースと運用体制(内製化 vs ベンダー依存)
●内製化リソース:
IT部門にプログラミングスキル(Java、Pythonなど)を持つリソースが豊富で、自社独自のロジックを追求したい場合は、EAIやカスタム開発が選択肢に入ります。
●ビジネス部門主導:
IT部門のリソースが限られ、業務部門(ビジネスユーザー)が主導で連携を構築・変更したい場合は、iPaaSのノーコード/ローコード機能が不可欠です。
●運用体制:
24時間365日の安定稼働を自社で監視・運用できるかどうかが、EAIの選択を左右します。iPaaSはベンダーが稼働を保証するため、運用負荷が大幅に軽減します。
導入失敗を避けるための機能・コスト評価ポイント
連携ツールの導入失敗を防ぐために、機能カタログだけでは見えにくい以下の評価ポイントを重視してください。
評価ポイント1:コネクタ数と日本語SaaSへの対応力
●国内SaaS対応:
連携したい日本の会計、勤怠、ワークフローSaaSに対して、既製のコネクタが用意されているかを確認します。コネクタがない場合、API仕様書に基づいてカスタム開発が必要となり、コストが増大します。
●コネクタの品質:
コネクタが提供する機能が、Read(データ取得)だけでなく、Write(データ書き込み・更新)にも対応しているか、サポートされているAPIの範囲を確認します。
●バージョン対応:
連携先のSaaSがバージョンアップした際に、そのコネクタが迅速に対応されるかというベンダー側の保守体制も評価します。
評価ポイント2:セキュリティ認証(SSO連携、通信の暗号化)
連携は機密データを扱うため、セキュリティは最優先です。
●認証の安全性:
連携用のアカウント認証に、API Keyだけでなく、より安全なOAuth 2.0やOpenID Connectといったモダンな認証方式に対応しているか。
●SSO連携:
ツール自体がSSO(シングルサインオン)に対応し、従業員がSSO基盤を通じてログインできることで、アクセス管理を一元化できるか。
●データ暗号化:
データが連携される通信経路(特にクラウドとオンプレミス間)が、SSL/TLSで確実に暗号化されていることを確認します。
評価ポイント3:料金体系と拡張性(従量課金モデルの評価)
iPaaSの多くは従量課金モデルを採用しており、料金体系が複雑です。
●料金モデル:
「連携するデータの量(トランザクション数)」や「実行されるタスク数」に応じて料金が変動します。
●予測可能性:
サービスを導入した後、月々の費用が予測可能であるか(例:利用量の上限設定が可能か)。利用量が増加した場合の単価が急激に上がらないかを確認します。
●拡張性:
将来的に連携するSaaSが増えたり、データ量が増えたりした場合に、ライセンスを柔軟に追加・アップグレードできる拡張性があるかを確認します。
まとめ:データ連携を戦略的に行う
本コラムでは、SaaS連携ツールを選定する上で不可欠な、iPaaSとEAIの機能比較、コスト構造、そして自社のシステム構成に基づく最適な選定基準を詳細に解説しました。
iPaaSはスピードとコスト効率に優れ、EAIは安定性と複雑な処理能力に優れるという、それぞれの特性を理解し、「何を最も重視するか」で最適なツールは決まります。
連携ツールの選定総括:iPaaSとEAIの使い分け
●iPaaS:
クラウドSaaS間の連携が中心、開発リソースが少ない、迅速な自動化を優先したい企業に最適。
●EAI:
オンプレミスの基幹システムが核、大容量データ処理、厳格なセキュリティ閉域性を優先したい企業に最適。
ハイブリッド構成の場合は、iPaaSのオンプレミスアダプタ機能を利用し、まずはクラウド連携のメリットを最大限に享受するアプローチが、現代のDXにおいては推奨されます。
編集部のコメント
DX推進担当者の皆様へ。データ連携は、ITの技術的な課題ではなく、「企業のアジリティ(俊敏性)とデータドリブンな意思決定」を支える戦略的な投資です。手動でのデータ転記作業は、単に非効率なだけでなく、意思決定の遅延とデータ品質の低下を招きます。
本記事の比較検討ガイドを活用し、貴社のシステム構成に最適な連携ツールを導入することで、データ統合とワークフロー自動化を実現し、企業の競争力を一段階引き上げることを推奨いたします。


