なぜ今、法人通信インフラを再構築すべきか
企業を取り巻くデジタル環境は、かつてないスピードで変化しています。クラウドシフト、リモートワークの定着、そしてデータの爆発的な増加は、企業の通信インフラとセキュリティ戦略に対し、抜本的な見直しを迫っています。特に、日本の通信業界では2025年を節目とした大きな技術的転換期を迎えており、このタイミングで最新トレンドを把握することは、企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)を成功させるための必須要件です。
古い通信システムやセキュリティモデルに固執し続けることは、将来的な「レガシー化」リスクや高額なリプレイスコストを招くだけでなく、競争優位性の喪失にも繋がりかねません。
本コラムでは、経営層、情報システム担当者、DX推進のご担当者様に向けて、2025年以降のビジネスインフラを形作る三大通信トレンドである「5G」「UCaaS」「ゼロトラスト」に焦点を当て、それぞれの仕組み、導入メリット、そして自社が今すぐ検討すべきサービスの具体的な比較判断基準を、専門的な視点から徹底的に解説します。未来のインフラを戦略的に構築するための羅針盤としてご活用ください。
2025年を「転換点」と位置付ける背景
経済産業省が警鐘を鳴らす「2025年の崖」は、既存システムの老朽化がもたらす経済損失を意味しますが、通信インフラにおいても、ISDN終了(PSTNマイグレーション)をはじめとする旧世代技術の終焉が迫っています。
2025年以降のビジネスインフラに必須となる要件は以下の通りです。
1.アジリティ(俊敏性):
組織や事業の変更に、迅速かつ低コストで対応できる柔軟なインフラであること。
2.モビリティ(可動性):
オフィス内外、国内外を問わず、場所を選ばずにセキュアに業務を継続できること。
3.セキュリティ(堅牢性):
境界線が存在しない現代において、データとアクセス元を常に検証できる強固な防御体制を持つこと。
企業通信に求められる3つの変化(俊敏性・可動性・堅牢性)
本記事で比較する2025年以降の主要トレンドは、企業通信の「速度と場所」「コミュニケーション」「安全」の各側面を変革するものです。
| トレンド | 変革の側面 | 概要 |
| 5G | ネットワークの速度と場所 | 超高速・大容量のモバイル通信。固定回線の代替やローカルネットワークでの活用。 |
| UCaaS | コミュニケーションの統合 | 電話、Web会議、チャットの機能をクラウド上で一元化。 |
| ゼロトラスト | セキュリティの概念 | 「何も信頼しない」前提で、すべてのアクセスを検証するセキュリティモデル。 |
本記事を読むことで得られるメリットと対象読者
| 項目 | 詳細 |
| 対象読者 | ITインフラ選定・運用担当者、経営層(投資判断者)、DX推進担当者。 |
| 得られるメリット | 1. 5G、UCaaS、ゼロトラストという主要トレンドの技術的な本質とビジネスへの影響を理解できます。 2. ISDN終了後の移行先となるIP網サービスの具体的な選択肢を把握できます。 3. 各トレンドサービスを自社の規模・業種に合わせて優先順位付けし、導入を検討できます。 |
2025年以降に注目すべき通信トレンド3選
企業の基盤であるネットワークは、5Gの登場とIP網への移行により、従来の有線ベースの概念から大きく脱却し、無線化と仮想化が進んでいます。
トレンド① 5G/ローカル5G/FWAの法人活用
5Gは、単なるスマートフォンの高速化ではなく、企業通信インフラを変える3つの特徴を持っています。
1.高速・大容量:
大容量データの即時転送や、高精細な映像のリアルタイム共有が可能。
2.低遅延:
遅延が従来の10分の1以下となり、遠隔操作やロボット制御などのリアルタイム性が求められる産業用途への適用が拡大。
3.多接続:
多数のIoTデバイスを同時に安定接続可能。
そして法人での活用は、大きく二つに分かれます。
●固定回線代替(モバイルWi-Fi/FWA):
工事不要で光回線並みの速度が実現できるため、仮設オフィスやリモートワーカーの自宅通信インフラとしてコスト削減に貢献します。
●ローカル5G:
企業や自治体が自前の敷地内(工場、倉庫など)に5Gネットワークを構築・運用するもので、外部の公衆網に依存しない専用のセキュアなネットワークとして活用されます。特にセキュリティと制御の厳格さが求められる製造業や物流業界で注目されています。
トレンド② UCaaS(クラウドPBX+Web会議+チャット統合)
NTT東西が推進するPSTN(公衆交換電話網)マイグレーションは、2024年1月以降、順次IP網への移行が進み、2025年にはISDN(デジタル回線)が完全に終了します。これは、企業が現在利用しているPBX(電話交換機)やレガシーな電話回線、POSシステム、警備システムなどが影響を受ける、回避不可能な課題です。
移行先の主流は以下の通りです。
●クラウドPBX:
PBX機能をクラウド化し、インターネット回線を利用する形態。初期投資が安価で、リモートワーク対応に優れます。
●ひかり電話/光IP電話:
光回線を利用したIP電話サービス。従来の電話番号(0ABJ番号)を継続利用できる点で、信頼性が高いとされています。
この移行は、単に回線を切り替えるだけでなく、電話システム全体のクラウド化を進める絶好の機会と捉えるべきです。
トレンド③ ゼロトラスト(ZTNA/UEM/ID中心防御)
SD-WAN(Software Defined Wide Area Network)は、複数の拠点やクラウド環境を結ぶ広域ネットワークを、ソフトウェアで統合的に管理・制御する技術です。
●集中管理:
各拠点のルーター設定やセキュリティポリシーをクラウド上の単一の管理画面から一元的に設定できます。
●トラフィックの最適化:
重要なアプリケーション(例:Web会議、基幹システム)の通信を自動で優先したり、回線の品質に応じて最適な経路を動的に選択したりすることで、通信品質を安定させます。
●コスト削減:
高価な専用線やVPN機器に依存せず、安価なインターネット回線(ブロードバンド)を組み合わせて利用できるため、通信コストの削減にも貢献します。多拠点展開する企業にとって、SD-WANはネットワーク管理の標準的な手法となりつつあります。
コミュニケーションのトレンド:統合とクラウド化(UCaaS)
電話、チャット、Web会議といったコミュニケーション機能が、バラバラに存在する時代は終わり、UCaaS(Unified Communications as a Service:統合コミュニケーションサービス)としてクラウド上で統合されています。
UCaaS(統合コミュニケーション)の普及とクラウドPBXの役割
UCaaSは、クラウドPBXを核として、Web会議、ビジネスチャット、プレゼンス(在席確認)といった機能を単一のプラットフォームで提供します。
●クラウドPBXの役割:
UCaaSにおいて、クラウドPBXは「音声通信のハブ」としての役割を果たします。これにより、従業員のスマートフォンやPCが、オフィスにいる時と変わらず会社の代表番号で発着信できるようになり、電話業務がどこでも可能になります。
●統合のメリット:
異なるツール間のID、設定、セキュリティポリシーが統一されるため、管理負荷が激減し、情報漏洩リスクも一元的に制御できます。
Web会議・チャット・電話の統合がもたらす生産性向上の比較
UCaaSは、コミュニケーションのシームレス化を通じて生産性を向上させます。
| 項目 | 個別ツール運用 | UCaaS統合環境 |
| 連絡手段の選択 | 相手の状況が不明で、まず電話をかけてみる、チャットを送ってみる。 | プレゼンス機能で相手の状況(会議中、通話中)がわかり、最適なチャネルを選択。 |
| チャネルの切り替え | 電話を一旦切り、Web会議リンクを送り直す必要がある。 | チャットからワンクリックでWeb会議に移行、電話中の通話をビデオ通話にエスカレーション可能。 |
| 監査・ログ | 通話、チャット、会議のログがバラバラに存在し、監査が困難。 | すべての通信ログが単一のプラットフォームに集約され、追跡が容易。 |
UCaaSベンダー選定のポイント:機能とセキュリティのバランス
UCaaSベンダーを選定する際は、単なる機能の豊富さだけでなく、以下の点を重視すべきです。
●セキュリティ統合:
SSO(シングルサインオン)や二要素認証(MFA)を、電話、Web会議、チャットのすべての機能に強制適用できるか。
●日本の電話番号対応:
従来の電話番号(0ABJ番号:03, 06など)を継続利用できるライセンスを提供しているか。
●API連携:
既存のCRM/SFAや人事システムと連携し、CTI機能や従業員情報の自動同期ができるか。
セキュリティのトレンド:境界から「人・端末」へのシフト
リモートワークの常態化により、従来の「境界型防御」は破綻しました。セキュリティの焦点は、「どこからアクセスしているか」から「誰が、どの端末で、どんな状態か」へとシフトしています。
ゼロトラスト・ネットワーク・アクセス(ZTNA)の基本と必要性
ゼロトラスト(Zero Trust)は、「何も信頼せず、すべてを検証する」という原則に基づき、社内・社外の区別なく、すべてのアクセス要求を厳格にチェックするモデルです。
●ZTNA(Zero Trust Network Access):
従来のVPNに代わる技術であり、ユーザーが社内システムにアクセスする際、まずユーザー、端末、アクセス状況の健全性を検証し、必要なリソースへのみ最小限のアクセスを許可します。
●必要性:
従来のVPNは一度接続を許可すれば、ネットワーク全体へのアクセス権を与えてしまいがちでしたが、ZTNAはアクセスをリソース単位で制御するため、不正アクセスや内部犯行による被害範囲を最小化します。
モバイル端末管理(MDM/UEM)によるセキュリティ統合とガバナンス
モバイル端末は、情報漏洩の大きなリスク源であるため、MDM(Mobile Device Management)による管理が、ゼロトラストの実現に不可欠です。
●端末の健全性検証:
MDMは、法人携帯が「OSが最新か」「不正な設定(脱獄/ルート化)がされていないか」を常に監視し、その健全性をZTNAへ通知します。
●UEM(Unified Endpoint Management):
MDMから発展したUEMは、PC、スマートフォン、タブレットなど、すべてのエンドポイント(端末)を一元的に管理し、ゼロトラスト環境下でのセキュリティポリシーの統一適用を実現します。
●紛失・盗難対策:
MDMの遠隔ワイプ(データ消去)機能は、端末が物理的に失われた際の情報漏洩リスクをゼロにするための最後の砦となります。
従来のVPNとZTNAのセキュリティ・利便性比較
| 項目 | 従来のVPN | ZTNA(ゼロトラスト) |
| アクセス制御 | ネットワーク全体へのアクセス(粗い) | リソース単位でのアクセス(最小権限) |
| セキュリティ | 一度侵入されると内部を自由に移動されるリスクがある | 常時検証と端末の健全性チェックが必須 |
| 利便性 | 接続・認証が複雑で、回線速度が遅くなる傾向がある | アクセスがアプリケーション単位でシームレス。快適な利用体験。 |
ZTNAは、従来のVPNよりもセキュリティと利便性の両面で優れており、リモートワーク時代の標準的なアクセス制御技術として急速に普及しています。
トレンド別:自社が今すぐ検討すべきサービスの比較判断基準
3つの主要なトレンドサービスを、自社の現状と課題に合わせて導入するための具体的な判断基準と優先順位を示します。
企業の規模・業種別:最適なトレンドサービスの優先順位
| 企業タイプ | 最優先で検討すべきトレンド | 理由 |
| 中小企業・スタートアップ | UCaaSとZTNA | 初期投資を抑えつつ、リモートワークやセキュリティ統合(SSO)による生産性と防御力を確保。 |
| 多拠点・製造業 | SD-WANとローカル5G | 複数拠点のネットワーク管理コスト削減と、工場内などの専用通信インフラの構築。 |
| 金融・医療機関 | ゼロトラスト(ZTNA/UEM) | 最高レベルのセキュリティとコンプライアンスのため、端末とアクセスの常時検証が必須。 |
| 既存PBXの買い替え期 | UCaaS | ISDN終了を機に、電話システムをクラウド化し、Web会議やチャットを統合。 |
既存インフラのリプレイス時期とトレンド技術の導入タイミング
●2025年ISDN終了の影響:
現在、ISDNやレガシーPBXを利用している企業は、猶予期間が迫っているため、UCaaSや光IP電話への移行を最優先で進めるべきです。
●固定回線のリプレイス:
契約更新のタイミングで、オフィス回線のバックアップとして、あるいは低利用拠点の代替として5GモバイルWi-Fi(FWA)の導入を検討します。
●セキュリティ体制の強化:
VPNの利用者が増え、パスワード管理に課題を感じている企業は、SSO機能を核としたZTNAへの移行を速やかに計画すべきです。
導入コストとリターン(ROI)の評価方法
各トレンドサービスの費用対効果(ROI)は、以下の側面から評価します。
●UCaaS:
初期コストの低減(PBX機器不要)、内線無料化による通信費削減、従業員の生産性向上。
●ZTNA/UEM:
セキュリティ事故の未然防止(被害額の削減)、ヘルプデスクのパスワードリセット対応工数削減。
●5G/SD-WAN:
工事費の削減、高価な専用線契約の合理化、アプリケーションの通信安定化による業務中断の減少。
まとめ:2025年を機に進める「統合型通信インフラ戦略」
本コラムでは、2025年以降のビジネス環境を支配する5G、UCaaS、ゼロトラストという三大通信トレンドについて、その仕組みとビジネスへの影響、そして具体的なサービス比較の視点を詳細に解説しました。
企業が取るべき戦略は、これらのトレンド技術を個別最適で導入するのではなく、セキュリティ(ゼロトラスト)を基盤とし、その上でコミュニケーション(UCaaS)とネットワーク(5G/SD-WAN)を統合的に構築することです。
2025年を見据えた通信インフラ戦略の総括
2025年を見据えた通信インフラ戦略の総括は以下の通りです。
1.脱・物理インフラ:
PBXやVPN機器といった物理的なハードウェアへの依存を最小限に抑え、クラウドサービスへ移行する。
2.ID中心の防御:
ネットワークの場所ではなく、IDと端末の状態を認証の核とするゼロトラストモデルへ完全に移行する。
3.統合による効率化:
電話、チャット、Web会議をUCaaSで統合し、管理負荷を軽減しつつ、従業員の生産性を最大化する。
編集部のコメント(トレンド把握を「攻めのIT戦略」へ)
情報システム担当者の皆様へ。通信トレンドの把握は、単なる情報収集ではなく、企業の未来の競争力を決める「攻めのIT戦略」です。特に、UCaaSとゼロトラストは、リモートワークとクラウド利用が主流となった今、業務効率と情報防御という二大目標を両立させるための必須のソリューションです。
既存システムの寿命や、ISDN終了といった外部要因を「変革のチャンス」と捉え、ぜひ本記事で解説した比較基準に基づき、貴社にとって最適な未来の通信インフラへの投資を速やかに実行されることを推奨いたします。




